追悼 Steve Jobs(3)

投稿日: カテゴリー: COMPUTER, DESIGN, PDA / iPhone / iPad / Apple Watch, SHOWBIZ, TALK

Newton 〜 iPod

“This decision is consistent with our strategy to focus all of our software development resources on extending the Macintosh operating system,” said Steve Jobs, Apple’s interim CEO. “To realize our ambitious plans we must focus all of our efforts in one direction.”

Newton Inc 資料
1998年2月27日、Apple は Newton OS ベースの今後の製品の開発を中止することを発表した。Apple を率いていた暫定 CEO Steve Jobs は「Apple を再建のためにすべての力を MacOS の拡張に集中させるため」と説明した。

Newton を取り巻く世界には名言が多い。当時マーケティング部門の責任者だった原田元社長が発した「泳げる頃には」からはじまり、「Newton は死なず。ただ新しいバッテリーを入れるのみ。」というのもある。とはいえ、開発は終了し、Newton OS は売却されることなく終焉を迎えた。

Newton ユーザからすると、Newton Technology をどこかに売却して欲しかった。当時では Palm OS が急成長している時期で、ビジネス環境はそれなりに厳しかったが、「はい、終わり」にしてしまうにはあまりにもったいない技術だった。一説には、「(自分を Apple から追い出した)ジョンスカリーの肝入りで作ったデバイスだから」という見方もあり、やるせなかった。

Apple を再興するためとはいえ、Steve のやり方には納得がいかなかった。「自分が愛した Newton を奪った」のは事実だった。

MacOS X on Newton1998年以降、Steve Jobs 復帰後の Apple は大胆な機構改革に着手する。 Microsoft に支援を仰ぎ Office の継続提供と現金支援を約束させ、プロダクトを最小限の3カテゴリまで絞り込み、研究部門を含む多くの機能やサービス、事業をリストラした。そして、98年8月にはあのボンダイブルーの iMac を発売する。

iMac 以降、Apple が発表する製品はまさにドリームマシーンだった。 iMac、PowerMac G3 B&W、PowerBook G3、PowerMac G4 Cube、PowerBook G4…。新生 Apple のプロダクトはどれもセクシーなデザインで、しかも次々に斬新なプロダクトが登場した。 Windows 95 時代の Mac vs Windows の戦いに負け、全くいいことがなかった Mac ユーザは怒濤の Apple の進撃に興奮した。本当にあっけにとられたのはコアな Apple ファンだったかもしれない。

MacOS X on NewtonMacOS はコードネーム Rhapsody という名の下に NeXTSTEP ベースに作り直された。フリーズが多く発生し、Copland という次世代インターフェイスの開発が停滞していた MacOS は一挙にロバストでモダンな OS へと生まれ変わった。

Apple を変えたのは明らかに Steve Jobs の手腕だった。当時音声ストリーミングから配信が開始されていた Macworld Expo の Keynote はまさにロックショーだった。自信と情熱と愛にあふれ、企業のトップ、経営者がみずからプロダクトの位置付け・詳細仕様を説明し、デモンストレーションを全部をこなし、誰よりもうまくプロダクトを売り込む。そんな企業経営者はこの IT 業界にはどこにもいない。副社長の Phil schiller コンビの Mac vs PC ベンチマークレースも実に面白い演出だった。Steve のキーノートスピーチは単なる企業の製品発表の場ではなく、Mac ユーザを熱狂させ興奮の渦に叩き込むエンターテインメントだったのだ。

Mac ユーザは Steve が経営する Apple に元気づけられていった。私の Steve に対する印象も、憎しみから驚きに、そして憧れに変わっていく。

Newton Gallery2000年10月、Apple は iPod を発表する。1,000 songs in your pocket と紹介されたこの小さなデバイスは自分の CD を好きなだけ入れることができた。そして「シャッフル」という音楽の新しい聴き方を創造した。自分の音楽ライブラリを(音楽的)ランダムに再生するこの手法は、次の曲が分かっていて曲の出だしを聴いていたこれまでの方法とは全く違った楽しみを与えてくれた。まさに自分専用のラジオ局を手に入れたような気分だった。

ちなみに、iPod は最初の滑り出しはよくなかった。 Steve Jobs は専制君主的な CEO で、Apple は彼の王国のように表現されるが、取締役会の場では実績が伸びない iPod を追求され、必死になって守っていたというエピソードがある。

iPod 事業をはじめたことで Apple は単なるパソコンメーカーではなくなった。デジタルライフソリューションを広く提供する会社となった(実際、Apple Computer という会社名は Apple という社名になった)。 Steve Jobs は実はアイデアが次から次へと湧いてくるタイプの人ではなかった。アイデアは人のものであっても自分が良いと思えば採用し、自分が決めたその方針を長い期間にわたって実践するタイプであった。Steve Jobs は Apple に復帰する前に、「Mac で儲けられるだけ儲けて、他のことをはじめる」と話していたが、そのきっかけとなる出来事だった。

Steve Jobs が復帰し、Apple は激変していく。2000年以降、多くのパソコンメーカーが消え去った。パソコンは普及期を迎え、IT は成熟し、人々の興味はネットサービスへと移っていく。 Apple は成功と失敗を繰り返しながら時代を切り開いていく。

そんな時代を振返る時、2001年11月19日「iPod + 獅子座流星群 = 最高の夜」というエントリーを書いたことを思い出す。寒い夜空の下、熱い午後の紅茶と iPod をポケットに入れて海辺近い公園に寝そべり流星群を観ていたあの夜は、私の人生の最高の想い出のひとつだ。 Steve Jobs の情熱は私を含む多くの人に感動を与え、世界を変えていったのだ。


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