egword Universal 2 の販売が開始された(製品ページ)。egword Universal 2 が発売されたこと自体が話題だが、その昔の話を書いている人もあまりいないので、一応紹介しておきたいと思う。Microsoft Word が標準になる以前の、国産ワープロソフトウェア、そして Mac のワープロソフトウェア達の話だ。
ひと昔前のワードプロセッサ事情
冗談のようだが、ワープロ(ワードプロセッサ、という文書作成の専用機)やパソコンが一般化する前、学生の卒論はもちろんのこと、会社で使う文書は全部「手書き」だった。本当の話だ。
僕自身は学生時代からワープロ(SONY PRODUCE やシャープの書院)を使っていたが、情報サービス事業会社に入社した際に装備されたのはパソコンではなくワープロ(富士通 OASYS)だった。あ、これでも 90年代の話ね(笑)。
日本語の文書作成には、漢字変換、ルビや縦書き、フォントだのと、欧米のワードプロセッシングソフトウェアでは実装されていない特殊な機能が必要で、それが一種の参入障壁になっていて、国産のソフトウェアが元気だった。
現代では考えられないかもしれないけど、80年代までは Microsoft Word なんて使っているのは学者か外資系の一部の企業であって、お化け的なシェアを誇ったジャストシステムの「一太郎」、続いて書院や OASYS といったワープロ専用機を使うのが一般的だった。NEC は「文豪」、東芝は「ルポ」を開発していたかな。
Macの文書作成ソフトウェア
PC(といっても NEC PC-98xx が主流の DOS/V機前夜)の世界では、「一太郎」や海外製品では Microsoft Word、WordPerfect と選択の幅が広く、またシェアも高かった。文書作成ソフトは美しく読みやすいアウトプットだけでなく、「ライティングした文書を再利用できる」ことこそが魅力であり、利用者は「シェアが高いソフトまたは企業や周辺の人物が使っているものと同じものを採用する」傾向が強かった。
当時、日本の Macintosh をとりまく状況としては、DTP(Desktop Publishing)では QuarkXpress や Aldus PageMaker と印刷業界に強いキラーソフトがあったものの、文書作成ソフトは Nisus Solo Writer(後の Nisus Writer)が高かったけど有名で(学者や医者が使っているイメージ)、Microsoft Word は Macに最適化されておらず激重で愚鈍、Claris MacWrite II はMac版しかなく互換性が心配、満を持して移植・日本語化された WordPerfect for Macintosh が登場したり、という感じだった。
Mac の日本語ワープロ環境を支えたエルゴソフト
そして Mac の国産ワープロソフトを開発していたのがエルゴソフトだ。エルゴソフトは MacOS が日本語対応される前から、日本の文書作成ソフトを開発していた会社で、文書作成ソフトの EGWord、日本語フロントエンドプロセッサの EGBridge、そしてパソコン通信ソフトでは EGTalk などを販売していた。EGTalk に自社サービスの通信設定をプリセットしてもらう件でエルゴソフトを訪問したことがある(なんか打合せがよそよそしかったので、がっかりした記憶がある、ごめん)。
EGWord & EGBridge は国産ソフトウェアということで、MacLife や MacPower といった Macintosh 専門雑誌での特集や広告も多く、使っている人も多かったんだと思う。僕はまわりに Macintosh を使っている人が非常に少なかったので、互換性重視から WordPerfect を選択したけど、まだジャストシステムの ATOK Mac版は販売されておらず、かつ「ことえり」の性能も悪かった時代に、エルゴソフトはワープロソフト、表計算ソフト、DTPソフトと、統合型オフィススイートを開発していたのだ。その心意気や今の日本ソフトメーカーでは考えられないことを実現していと思うし、日本の Macintosh の文書作成環境をを支え、その質を向上させたと思う。
その後、Microsoft は Office のバンドル販売を強化、Windows95 が発売された1995年以降は企業導入ソフトウェアは Microsoft Office が標準(だってパソコン買えば付いてくるんだもの)となり、表計算ソフトの Lotus 1-2-3 なんて巨大シェアを持っていたソフトも葬り去り Microsoft Office が躍進、一太郎や Windows版 OASYS など、国産メーカーのソフトはシェアが急激に下がっていった(そういえば当時の官公庁文書は一太郎か Word で作るルールがあったと思う)。
Windows95 の発売後 Apple は業績も悪化、90年代末には「え、Macなんて使ってるの?大丈夫?」とか「Macユーザはそれしか使いたがらない偏屈者だから」という風潮が広がるほど、Macintosh シェアも低下。エルゴソフトも EGWORD Windows版を発売するなど、Mac製品を開発するディベロッパーには厳しい時代へと移っていった。
そして egword Universal 2 最新版へ
1993年にエルゴソフトは株式会社光栄が買収、MacOS X 対応の EGWORD 開発を経て2008年にソフト事業から撤退、2009年に解散した。2017年に元エルゴソフトのエンジニアで構成される物書堂が正式にソースコードを取得し、最後のバージョンとなっていた egword Universal 2 を macOS High Sierra に対応させる改修作業を開始、本日より発売を開始したのだ(ちなみに動作環境は OS X El Capitan以降)。
Microsoft Word が標準となった現在、egword Universal v2.1 に文書作成を全面的にスイッチする人が非常に多くいる、とは思えないのだが、意思伝達はメールやメッセージングサービスが主要手段となり、iPhone / iPad、Android スマートフォンやタブレットが普及し誰もが使っている現在、文書作成を PC で行う必要性はかなり下がっているとも思う。すでにパソコン業界は成熟期から衰退期に入っており、勤務先と同じソフトを使わなきゃ、というモチベーションも昔ほどではないだろう。なにより「何を使って作るか」より「作ったもの」に圧倒的に興味が移っている。「どんなソフトを使ってるの?」なんて話題、ここ数年聞いたことがない。
だったら綺麗な文書が出力できれば、それでいいじゃないか、と思うのだ。実際、Microsoft Word for Mac で日本語の原稿用紙モードを再現するのは相当苦労する。しかも価格は 7,800円(発売記念の特別価格では 3,800円)だ。90年代のソフト価格の 1/10だ(Solo Writer はそれくらいしたでしょ、確か)。
ナショナリズムは好きじゃないけど、かつては大いにチャレンジングだった日本メーカーが作った美しいソフトを普通に使う。シンプルにそれもありじゃないかと思う。
コメント
記事を読んで一言。
MS Wordが標準でそれ以外のワープロソフトは消えてしまった。という状況に於いてegwordが復活した事は非常に良い事であります。
極端に言えば、PCもMacも米国の文化なのです。日本の文化ではありません。
米国文化のシステムに日本の事情は理解できません。
MS Wordを始めとした外国産ワープロソフトというのは、日本語というものを扱う事は長けていないというのも当たり前。
それが故に一太郎やらATOK、edwordやegbridge が生まれたのです。
ですが、現在ではMS Word一人勝ち。
これもシステムも日本語が「扱える」が故の妥協でしかありません。
一太郎やegwordは日本語文書を書くためのソフトであり、MS Wordは英米語を書くためのソフトです。
UIやアウトラインモードの設計というものを見れば一目で判ろうというものであります。
英文であれば、MS Wordの方が楽にできます。
一太郎やegword 英文を書くのは効率が悪いと思います。
ですが、日本語であれば……という事を考えれば国産ソフトが必要となります。
これは、UNIXのシェル選びと同じで自分にとって都合の良いものを使うのが当たり前であり、皆が同じ物を使うのがおかしいのですよ。