まさに亡くなったばかり、という人の伝記を読むというのは初めての経験だった。本人が生前に自分の人生を振り返えりまとめている書物なのであり、読み始めは悲しみが増したりしたものなのだが、読み終わってみると「なるほど精一杯やった人なんだなぁ」なんて思ったりもする。ということで、キース・エマーソン自伝 / Pictures of an Exhibitionist です。
原著の Pictures of an Exhibitionist は2003年発刊。それから10年を経て、キースエマーソン学者でもあるあの川本聡胤氏が詳細に脚注などを追記して翻訳したのがこの本で、2013年4月に発刊されている。キース・エマーソンファンにはマストな本だが、内容は「俺は世界を変えた」とか「俺様こそがプログレッシブロックの王だ」といった内容では全くなく、1人の神経質で内向きな青年がショービジネスに翻弄されながら自分の音楽人生を「ありのまま等身大で語る」という内容だ。
自分の人生であったこと、感じたことを素直にありのままに語りすぎているきらいがあり、約半分くらいが当時のロックミュージシャンのライフスタイルの定番であっただろう、ツアーと女性と薬と酒の話だ。でもほとんどのケースにおいて音楽家の自伝ものはドラマチックなものではないのだが。
書き出しは、キースにとって恐怖体験であった右手の手術の病院のシーンからはじまる(そうとうのビビりだ)。幼少時代の思い出から、銀行への就職、ナイス結成〜解散、EL&P 結成、モーグシンセサイザーとの出会い、そしてEL&P 解散までを振り返っている。これまで聞いたことがあるキースに関する逸話(子供の頃からピアノがうまく特に左手の動きに音楽の先生が驚いた話や、モーグシンセサイザーの操作が分からずに途方にくれた話、ラッキーマンはグレッグが勝手に作ってしまった話、空中を回転するピアノ、オーケストラを連れてツアーにまわったことが解散の引き金を引いた話など)はだいたい網羅されている感じ。あのタルカスという楽曲が生まれる逸話にも触れられている。
自分の理解と違っていた話としては、EL&P のライブにオーケストラを同行させるアイデアはグレッグレイクによる発案だった、ということ。
「お前も、俺も、カールも、それぞれオーケストラを使っているよな?みんなでオーケストラを使ってツアーしねえか?」私は熱心に聴いた。
グレッグは「ただそれをするには、何かコンセプトを持った作品が必要だよな。俺ら三人とも、オーケストラを伴ってやれるようなものが。そこでお前の出番なんだよ、大作曲家さんよ」と続けた。
「それはいいんだけど、どこからその金が出るんだ?」と私は言った。
「心配すんなよ、な!ただすげえ曲を書いてくれたらいいんだよ。」
キース・エマーソン自伝 / Pictures of an Exhibitionist p.182
グレッグレイクもカールパーマーも、あの悲惨なオーケストラを伴ったツアーがすべての金を使い果たし、バンドを継続するモチベーションを破壊してしまったということで相当にキースエマーソンを非難した(そりゃしただろう)のだが、当初はグレッグの発案だったとは。まぁ、ものには限度というものがあるということか。
トリオ編成といえば YMO もそうだが、メンバー間の軋轢や強すぎる個性が解散の引き金となることが多いのだが、この自伝を読んでいると、メンバー間の軋轢というより、オーケストラ同行ツアーによる経済破綻とメンバーの EL&P の音楽に対する挑戦心が薄れてしまったことからの自然な流れだったように思う。
宝石のような面白い逸話をここでネタばれする訳にもいかないので、ここら辺にしておく。
あとキースエマーソンに関する書籍ということで、別冊カドカワ treasure Progressive Rock Special Interview キース・エマーソン (カドカワ・ミニッツブック) というのもあった。こちらはミニインタビューだ。ページ数はおおよそ 36ページ(Kindleだからリフローしちゃう)。価格も 324円と安いのであわせて紹介しておきます。
2013年3月20日に行われた「吉松隆 還暦コンサート《鳥の響展》」を見るために来日したキース・エマーソン。言わずと知れたEL&P(エマーソン、レイク&パーマー)のキーボード・プレーヤーだ。コンサートでは、タルカス〈オーケストラ版〉が再演され、キース・エマーソンも壇上に上がってお祝いのピアノ演奏を行うというハプニング!このコンサートを振り返りつつ、2013年に発売された『キース・エマーソン自伝』の話をはじめ、プログレッシヴ・ロックを牽引してきた彼の音楽人生をたどる貴重なインタビュー。インタビュアーはストレンジ・デイズの岩本晃市郎氏。
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