本日、2月27日は Apple Computer の PDA、Newton OS の開発が終了された、いわゆる「ニュートンが死んだ日」である。コンピュータエリートだけでなく一般の人の手にモバイルデバイスが普及し、Siri や Alexa のように人工知能アシスタントインターフェイスが提供される現代まで 20年の歳月が流れた。
これらすべての起源が Apple Newton だとは言わないが、ハードウェアキーボードを持たないペンベースのモバイルデバイスであり、Assist ボタンにより数々のコマンドをエージェントのように代行するパーソナルデジタルアシスタント(PDA)の世界を Apple Newton は既に実現していたのは確かだ。
今日は20年前のあの日の話をしたく思う。
20年前の今日、Apple は Newton OS の開発終了を発表した
Apple は Newton OS の開発を終了します
1998年2月27日、カリフォルニア・クパチーノ、アップルコンピュータは本日、Newton オペレーションシステムと MessagePad 2100、eMate 300 を含む Newton OS ベース製品の開発を終了することを発表しました。「これは Macintosh オペレーティングシステムを発展させるために、私達のソフトウェア開発リソースのすべてを集中するという戦略に基づく決定です。」とアップルの暫定CEOのステーブ・ジョブスは説明します。「私達の野心的な計画を実現させるために、私達の力をすべてを1つの方向に集中させる必要があるのです。」アップルは eMate により先陣を切った安価なモバイルコンピューティングの実現に取り組んでおり、1999年に発売される Mac OS ベースの製品をこの市場に提供する予定です。
アップルは MessagePad 2100 と eMate 300 コンピュータの現状の在庫について販売を継続し、同製品を使用するユーザについてサポートも提供します。当社は、顧客および開発者と協力し、Mac OSベース製品へのスムーズな移行を確実ものにすることをお約束します。
これ以降のテキストは当時の Apple Computer がプレスリリースに定型的に掲載する会社紹介。たったこれだけの情報でもって Apple Computer は Newton OS の開発終了を発表した。当時、Newton デバイスのユーザのほとんどすべては Macintosh のユーザであったため、「翌年の99年に発表される予定のコンシューマ向けモバイル製品」を引き合いに出し、「そちらに移行してくれ」と突き離した。前年に Apple に復帰した Steve Jobs の決定だった。
Apple Discontinues Development of Newton OS
CUPERTINO, California–Feb. 27, 1998–Apple Computer, Inc. today announced it will discontinue further development of the Newton operating system and Newton OS-based products, including the MessagePad 2100 and eMate 300.”This decision is consistent with our strategy to focus all of our software development resources on extending the Macintosh operating system,” said Steve Jobs, Apple’s interim CEO. “To realize our ambitious plans we must focus all of our efforts in one direction.”
Apple is committed to affordable mobile computing, pioneered by the eMate, and will be serving this market with Mac OS-based products beginning in 1999.
Apple will continue to market and sell its current inventory of MessagePad 2100 and eMate 300 computers, as well as to provide support for their installed base of users. The Company is committed to working with its customers and developers to ensure a smooth transition to Mac OS-based products.
Apple Computer, Inc. ignited the personal computer revolution in the 1970s with the Apple II, and reinvented the personal computer in the 1980s with the Macintosh. Apple is now recommitted to its original mission – to bring the best personal computing products and support to students, educators, designers, scientists, engineers, businesspersons and consumers in over 140 countries around the world.
The statements in this document regarding future products and strategy are forward looking and subject to risk and uncertainty. Potential risks and uncertainties include, without limitation, the demand from consumers and businesses and competitive factors. For a detailed discussion of factors that may affect the Company’s operating results, interested parties should review the Company’s SEC reports, including Apple’s Annual Report on Form 10-K for the year ended September 26, 1997, as well as the Form 10-Q for the quarter ended December 26, 1997.
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Apple, the Apple logo, Macintosh and QuickTime are registered trademarks and of Apple Computer, Inc. Additional company and product names may be trademarks or registered trademarks of the individual companies and are respectfully acknowledged.
1998年当時の Apple Computer の経営は危機に瀕しており、リストラの真っ最中であった。前年 Steve Jobs が Apple に復帰、新デザインの PowerMacintosh G3 (Blue & White) を発表し、MacOS 互換機メーカーへのライセンス提供を一方的に終了、購入する Macintosh のカスタマイズが可能な Apple Online Store でネットコマース直販を開始した。そしてこの年の夏、あのボンダイブルーの iMac を発表する。ちなみに、1999年に発売される手頃な価格のモバイル製品とは、iBook のことである。
1998年2月27日、僕は Newton@-AtMark- をやっていた
このサイトの前身は Newton@-AtMark- という Newton のニュースサイトである。国内にほとんどない Newton に関する情報を世界中からかき集め、毎日更新する非常にニッチなサイトではあったが 100万アクセスを集めた。Newton 開発終了半年前の 1997年9月にスタートしているので、Newton の輝かしい歴史の中でもかなりの遅咲きである。Steve Jobs が Apple Computer の実権を握り、リフォーメーション・改革を断行していた時期だ。
最初のニュースは、2ヶ月前に分社子会社化していたばかりの Newton Inc を Apple Computer に再統合したという話題。「Newton は教育市場で人気のあった eMate に集中するのでは」と言われた頃で、Macintosh のニュースサイト “MacInTouch” の主催者に Steve Jobs は「噂とは違って、AppleはMessagepadを殺すようなことはしない」と話している。この嘘つき(笑)。
恥ずかしいのでリンクも貼らないが、この9月、MacOS 8 の発売イベントでパソコンショップをまわっていたアップルコンピュータ株式会社の原田社長(当時)に Newton の国内販売を直談判しに行ったりしている。ちなみにこの原田社長は Newton 製品も扱うマーケティング部門の責任者だった人で、Newton の国内販売の時期について「泳げる頃」という名言を残した人でもある(当初夏の販売を示唆したものだが、なかなか発売しないので「寒中水泳」などと揶揄された)。
そんな Newton に縁が深い原田社長は Newton 界では「ネタ」的存在だった。Newton は Notes のデータを赤外線で送受信できる機能があり、オフ会時には有名人のサインやスケッチを赤外線でやりとりしあう、という習慣があった。Newton ユーザであったコブラ作者の寺沢武一やモンキーパンチのサインは「いつかは手に入れたい Notes アイテム」として有名。一方、原田社長のサインは熱心な Newton ファンなら「決して受け取らない」という話は Newton あるある だ。
Newton@-AtMark- をスタートしてから半年もたたないうちに Newton OS はディスコンとなった。が、その後数年間、Newton サイトの更新を続ける。当たり前なことだけど、Newton OS の開発が終了したからといって、Newton がその日から使えなくなるわけではなかった から。Newton を完全に置き換えるデバイスはなかなか登場せず、Newton ユーザは楽しくそのまま Newton を使い続けることになる。
Newton never dies, it only gets new batteries
Apple の開発終了後、Newtonファンの間で Newton never dies, it only gets new batteries(Newton は決して死なず。ただ新しいバッテリーを入れるのみ。)というスローガンが生まれた。この言葉が好きだ、特に後半部分。Newton 開発終了後の話をする。
その後も日本では Enfour が Newton を日本語化するキット Newton Language Kit(NLK)を発表、NewtonShop が NLK を搭載した MessagePad 2100 や eMate 300 を発売した。値段も高かったが性能がずば抜けて良く、モデムだけでなくPHS通信カードをスロットに差し込める MessagePad 2100 はとにかく便利だった。
そうそう、MessagePad 2×00 はシャープが製造していたが、 Newton 部門の責任者に仕事で一緒になったことがある。僕が MessagePad 2100 を普通に使っていたのをみて、まさに驚愕というか、目を見開いて「おいおい、使っている人いたよー!」「マジかぁ、懐かしいなぁ、あいつ呼んでこいよ」とか盛り上がったこともあったっけ。
Newton より1年早い 1992年に生まれた Palm は文字入力のためにグラフィティ(Graffiti)というアルファベットを簡単に一筆書きした特殊なジェスチャーを覚えなければならなかった。画面は小さく出来ることも限られていた。
Newton は自由にスケッチや絵入りメモが可能な広大なスクリーン、カレンダーやアドレス帳等の PDA 機能に加え通信・メール機能、外付けの専用キーボードと充実したモバイル環境を提供していたのだ。商業的に Newton は終わってしまったが、ユーザは淡々と当時ではずば抜けたモバイル体験を楽しんでいた。
MessagePad 120 の頃から数えると、かなり長く「先を行っている」感覚は楽しめたが、進化を止めた Newton が完全に対応できなかった要素として、デバイスの「重さ」と「写真」コンテンツがある。後に Newton から Palm(クリエ)に買い換えたのは新しいモノ好きであることに加え、MessagePad がさすがに重かったからだ。その点、Palm は別の魅力とスタイルを備えていたのだ。
2000年に入ると Palm デバイスが流行する。Palm はオペレーティングシステムを各社にライセンスし成功する。法人向けにはIBM、創業者が開発した Visor、ソニーの CLIE、開発者の熱い支持もあり、PalmOS エコノミーは広がった。最終的には Apple が差し止めた Newton のライセンス事業。当時はライセンスを広げていればと思ったものだ。
Palm は情報は PC で入力することを基本とし、ボタン一発で情報を同期できる優秀なシンクシステムを備えていた。そして軽かった。それまでホビーガジェットのようだった Palm シリーズから PalmV という非常に美しい機種が出た。実際に手にして、ため息が出たのを覚えている。PalmV を買った際に PalmOS を日本語化するソフトを開発し、日本の Palm 界に多大な貢献を残した山田達司さんから「PalmV は Newton ユーザのあなたにも自信を持って薦めることができる機種ですよ」との言葉とともに J-OS をいただいた。
PDA は「持ち歩くもの」から「身につけるもの」へとシフトし、自由に写真を撮ってメールする・モブログする、といった新しいスタイルに Newton は全く対応できなかった。こうして僕の Newton Life は終わりを告げた。
「今」につながっている Newton
Newton は自分を Apple から追い出したジョン・スカリー時代のプロダクトであることから、Steve Jobs は Newton を殺した、と言われている。まぁ、そんな側面もあるだろう(少なくとも愛情はなかったと思う)。しかし、意外にも Steve Jobs は Newton のエンジニアを iBook チームに異動させ(責任者は追放したが)、優秀な人材は出自に関係なく重用した。例えば グレッグ・クリスティーは初代 iPhone の担当者だ。Newton の Notes の削除アニメーションが MacOS X に使われたりもしている。
そして現在の CEO のティム・クックにも Newton にまつわるエピソードがある。 1997年、Apple に入社した初日の思い出だ。
Apple に着任する最初の日、ビルの前のデモを横切ったんだ。スティーブがニュートンを殺すと決定したので、抗議する顧客のデモ集団が列を作っていてね。彼らがひどく心配していたのをみて、「これは凄い!」と感じたのを昨日のことのように覚えているよ。私はエレベーターに向かって歩きながら「なんてこった、これまでの私の人生は全く違ってた」と思ったよ。素晴らしかった、とても素晴らしかった。
それまでも何百という新製品発表、製品リリースに関わってきたよ。どことは言わないけど、私が働いていた会社ではロビーに新製品を置くだけだった。従業員に社内放送で「見にきてください」と言っても誰も来なかった。彼らは気にすらしなかったんだ(注:ティムは IBM やコンパックでキャリアを積んだ)。
With Apple, my first day at work I crossed a picket line to get in the building! There was a picket line of customers who were protesting, because Steve had decided to kill the Newton device. And it was because they cared so deeply about it. And I thought, “This is amazing.” I still remember it like it was yesterday. I was walking to the lift that day and thinking, “Oh my God, my life is different.” It was so great. It was so great. You know, I have been involved in hundreds of new product announcements, hundreds of product withdrawals. At one of the companies I worked at, not to mention any names, we’d put [new products] in the lobby. We’d get on the employee intercom system and say, “Come look at them,” and nobody came. They didn’t even care.
– Tim Cook’s Freshman Year: The Apple CEO Speaks – Businessweek(当時)
Newton といえば熱いコミュニティ も触れる必要がある。Newton を取り巻くファンは Mac ファンとは少し違って、ユニークで魅力的な人が多かった。ただでも日本語の表示にパッチが必要なデバイスだ。「待ちの姿勢」の人などいるわけがない。誰もが発信者、という感じだった。
Newton コミュニティの知人・友人との付き合いはその後も続いた。開発者達は、可能性が一気に花開いたインターネットを足場に新たな挑戦を続けたし、Newton ユーザが多かったアートや音楽シーンでも一線で活躍する人が多くいる。
Newton の終焉をあまり寂しく思わなかったのは、感傷的になる暇もなく、Newton に触れた自分達がインターネットサービスやテクノロジーの急激な成長に確かにコミットしている感覚・実感があったからだと思う。
Newton Technology の思想、丁寧にいえば Newton そのものではなく、Newton のようなデバイス達を生み出した時代背景、その引力に引きつけられた開発者達やファンのアイデアや夢、そして Newton を捨てて前に進んだ Apple の”生存”が、「今」につながったのだ、と思っている。そう、20年前のあの日は確実に現代につながっている。そんな文脈を自分の中に確認できる。
久しぶりに Newton にバッテリーを入れてみないか?
長かったのか短かったのか。テクノロジーにおいても、そして自分の人生においても、時間的な感覚すら分からなくなる激動の20年を今日、振り返ろう。いや、もっとシンプルに。
Newtonユーザなら、久しぶりにバッテリーを入れてみないか?
僕の Newton は塗装の表面がはげてきてちょっと無残な感じだ。でもね、バッテリーを入れてみようよ。日本語は化けると思うけど、きっと動く。
あの起動音、覚えてる?
僕はすっかり忘れていたよ(笑)。この日に Newton に電源を入れてみて本当によかった。みんなの Newton を見てみたい。近況やコメントも読んでみたい。ハッシュタグ #NewtonNeverDies でインスタグラム、Twitter にアップしてみよう。
僕たちはあの Newton を使って、Newton Life を楽しんでいたんだ、ってね。
コメント
毎年恒例の儀式のように、昨日電源を入れてみました。
MP130ですが。
グレイトです!
Newton@-AtMark-のデイリーアップデート、熱かったですねー。あの頃、私も会社の昼休みに読ませていただいていました。
ありがとうございます。よかったら Newton に電池入れてみてください!
newton@、ぼくもお世話になってました。懐かしい。ぼくも手元に、2000upgがあります。今週は一週間出張なので、帰宅したら電源入れるかー!
ありがとうございます。
こんにちは!ぜひ電源入れてみてください。吉報待ってます?
Newton@-AtMark-の時代から拝見させたいただいてます
僕もemateはまだ持っています
eMate いいなぁ。うらやましい。ぜひ、インスタにアップしてください。電源入れるとなおよしです。